私たち歳をくった人々――ようするに大人――は、人と会いたいときに好きなだけ会えるというわけではないし、面倒を見なければならない家族や子供もいる。時間やエネルギーを食う仕事もある。私たち老いぼれは、みんなでビールを飲んで騒ぐさまというような、若い子たちがSNSに好んでアップロードするような写真も持っていないし、そもそもSNSに何時間も費やす暇はない。
そこで、手軽につぶやけるTwitterというわけだ。Twitterは社交生活を補完するものではない。社交生活の代わりになるものなのである。Twitterを起業したのが30過ぎのプログラマとテクニカルライターだったのも、最初に飛びついたのがやはりフリーランスのライターたちだったのも偶然ではない。フリーランスは、この世で最も孤独な人々だからだ。だからといって、Twitterがつまらないもの、価値のないものというわけではない。ポップカルチャーを、引きこもりがちな大人たちが作り出したことなど今まであっただろうか?
– Twitterは寂しい大人たちのもの - スラッシュドット・ジャパン